今日の通勤CD
バッハ・モテット集/ユングヘーネル/カントゥス・ケルン(deutsche harmonia mundi 74321 935432)
クーナウ・マニフィカト,ゼレンカ・マニフィカトハ長調,ニ長調,バッハ・マニフィカト/鈴木/バッハ・コレギウム・ジャパン(BIS CD-311011)
BCJによるマニフィカト集。
バッハのものは有名でもちろん名曲だが,やはりゼレンカの2曲はすばらしい。ちょっと変わっているのは,クーナウとバッハの作品は,テキストを細かく区切りながら順番に演奏していく形式だが,ゼレンカのものは大くくりなテキストでTuttiとSoloの部分が交替しながら演奏される。なので,後半にも同じテキスト("Magnificat anima ・・・"とか)が出てきたりする(形式の名前があったと思うが・・・)。長く区切っている分,ハ長調は4部分,ニ長調は3部分しかない(クーナウもバッハも12部分ある)。2曲とも「ゼレンカ節」が満載で,終曲のアーメンフーガは感動的だ。もっといろいろな録音を聴いてみたいのだが。
綿いっぱいの愛を!/特撮(PRHYTHM PWCP-1018)
一年近く「今日の通勤CD」をやっているが,クラシカルでないのは初登場。
ご存じない方が多いと思うので解説しておくと,「特撮」は大槻ケンヂ(Vocal),NARASAKI(Guiter),三柴理(Keyboard&Piano),ARIMATSU(Drums)によるロックバンド。2000年の結成時は「パンクチーム」を名乗っていたが,途中からロックバンドになった。この「綿いっぱいの愛を!」は,6/28発売のニューアルバム。某所から情報を得て,限定のサイン入りCDジャケットもまんまと手に入れた。
このアルバムでは妙にたくさん「愛」という言葉が使われている。以前「UGS(Under Ground Searchlie)」というオーケンのソロ・プロジェクトで「"愛"という言葉が入っていると曲が売れるらしいから,たくさん入れてみた」という理由で,ほぼ騒音の音楽のバックでただひたすら「愛している」とささやく「不必要にヒラヒラのついた服」という歌があった。それを意識しているのかどうだかは知らないが,筋少の頃から愛だの恋だのいう歌とは無縁だと思っていたオーケンも,最近は臆面もなく「愛」と言えるようになったということか。そうはいっても世にあふれているケツの穴がむずがゆくなるようなのではなく,かなりねじ曲がっていると思うし,そこがいいのだ。
今回のアルバムで印象深いところを。
・「地獄があふれて僕らが歩く」冒頭エディーのピアノソロ。
・「綿いっぱいの愛を!」:「起きちゃったもう一回する?」どうにもいい。言われてみたい。
・「オーケン湘南物語」:「X-JAPAN…………億千万…」しばらく頭にこびりつきそうだ。
・「さらばマトリョーシカ」:最後の歌詞「ダスヴィダーニャ!」いいですねぇ。
バッハ・カンタータ140,147番/ガーディナー/モンテヴェルディ合唱団/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(ARCHIV 463 587-2)
子供が選んでくれたものを聴く。
サボって過去記事で済ませますm(_ _)m。
シチェドリン・バレエ「カルメン」組曲,ショスタコーヴィチ・劇音楽「ハムレット」組曲,グラズノフ・序曲「謝肉祭」/フィードラー/ボストン・ポップス(BMG 09026-63308-2)
ダスビの次回演奏曲目に決まった劇音楽「ハムレット」組曲を聴く。このCDは以前弥生で演奏した時に買ったもの。まさかもう一度演奏できるとは思わなかった。
ショスタコーヴィチには「ハムレット」という作品は二つあり,一つがこの劇音楽op.32,もう一つが映画音楽op.116。映画音楽のほうは晩年の1963-4年の作曲で,全体に重い雰囲気が漂っているが,こちらは青年期,プラウダ批判前の1931-2年の作曲だから,雰囲気もかなり違う。そもそもこの劇の台本はオフェーリアがあばずれでアル中になって死ぬとか,かなりはちゃめちゃな話になっていたらしく,音楽もそんな話にぴったりな感じだ。ショスタコらしい疾走する曲や,楽しくわかりやすいメロディーの曲がほとんどで,文句なしに楽しめる一曲。演奏はそんな楽しい(?)雰囲気がばっちりの名演。さすがフィードラーだ。
弥生でやった時は楽譜の到着が遅れた(全曲を正式に演奏するのは日本初だったと思われ,全音がパート譜を一から作成した)ため,消化不良のまま演奏会を迎えてしまったが,今度はそんなこともないだろうからいい演奏にしたいものだ。
シチェドリンの「カルメン」組曲は,ビゼーのオペラ「カルメン」を基にした弦楽器と打楽器のための曲。打楽器は全部で47種類を要求するらしいが,奏者は何人必要なのだろう?組曲の順番はオペラのストーリーとは強く関連させていないようだが,花の歌が後半に出てきたり,最後に闘牛場外のカルメンとホセのやりとりの断片があるなど,若干の関連はあるようだ。それより,登場人物を象徴するような動機が何度も出てくるので,そちらのほうで曲を統一しているのだろう。全曲の冒頭と最後には,鐘による「ハバネラ」の第二主題(鎮魂のような)が置かれ,この悲劇を一歩引いて眺めているような印象を作っている。このCDを買った当時はビゼーのカルメンは組曲くらいしか聴いたことがなかったので,けっこう知らないメロディーが多かったのだが,弥生でオペラの抜粋を演奏したこともあって,カルメンに馴染んだ今の耳には「いいとこ取り」な印象だ。曲はもちろん打楽器が効果的に使われており,思わずニヤリというところがたくさんあって面白い。他の録音などを聴いたことがないのだが,聴いていてわくわくするのだからこの演奏は素晴らしいと思う。
グラズノフの序曲はマズルカ風の熱狂的な部分が,オルガンによる静かな中間部を挟む形。中間部はロシア正教会(たぶん)を思わせる,祈りの雰囲気のオルガンが印象深い。謝肉祭は宗教行事が起源のようだから,教会と密接に関係がある地域があってもおかしくないだろう。
バッハ・クリスマスオラトリオ/リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団(ARCHIV 427 236-2)
今日も子供が「CD選びたい」と言うので,「じゃあ,このへんから選んでよ」とバッハの棚を指示したらこれになった。長くて全部聴ききれないよ・・・。というわけで,アタマから順に聴く。(結局第3部まで)
このオラトリオはクリスマスから顕現節までの全6日のための6曲のカンタータ群。日本人のクリスマス観は12/24夜のクリスマス・イブがメインで,それ以外はないも同然だが,キリスト教では12/25の降誕節から1/6の顕現節までの期間がキリスト生誕を祝う期間だということがよくわかる。ちなみに第6部は東方の三博士が貢ぎ物を持ってくる話だが,幼稚園のクリスマス劇で博士の役をやったのが懐かしい。当時はよくわからなかったが,けっこう重要なエピソードだったのだなあ。
第1部はクリスマス第1日(12/25=降誕節)用。救主の誕生を喜び祝う。冒頭曲の原曲はザクセン選定公妃生誕祝賀カンタータ「太鼓よ轟け,ラッパよ響け」BWV214の冒頭曲の転用。トランペット,ティンパニが入り,キリストの生誕を祝う華やかな音楽。終曲(第9曲)も同編成によるコラール合唱。第8曲のバスのアリアもトランペットを伴い,全体に祝典的雰囲気に満ちたもの。こんな祝典的な内容だが,中心に据えられた第5曲は受難コラール。受難コラールはこのオラトリオの一番最後(第6部の終曲)にも現れ,キリスト生誕の意味(世の罪を一身に引き受けて十字架に架けられるために人の子として産まれた)を示すわけだが,このキリスト教の核心(キリストの受難こそ人間の贖罪)を,キリスト生誕を祝う第一部にこのコラールを置くことですでに予言しているわけだ。マタイ受難曲とは少し違った位置づけで響くこのコラールにグッときてしまうのは私だけではあるまい。
第2部はクリスマス第2日(12/26)用。天使から羊飼いに救主の誕生が告げられる。こちらは少し落ち着いた雰囲気の曲が並ぶ。飼い葉桶に眠るイエスへの子守歌であるアルトのアリア(第19曲)は特に印象深い。第2部ではフルートが天使の,オーボエが羊飼いの象徴として使われているようだ。以前ブラームスの第4交響曲1楽章について,「最初が心の問いと答えのかけ合いで,その後のオーボエは羊飼いの笛だから,迷える心を導いてくれるんだよ。」とkaorina。に言ったら「何言ってんの」と笑われたが,バッハがこういう使い方をしているのだから私の説もあながち間違いではあるまい,と思うのだ。後半では第21曲「いと高きところでは神に栄光あれ,地には平和あれ」の壮麗な合唱があり,第23曲のコラールで第2部を締めくくる。
第3部はクリスマス第3日(12/27)用。羊飼いが馬小屋に行き,救主に会う。冒頭合唱には再びトランペットが入り,祝典的雰囲気に。第26曲ではヴァイオリンの細かい動きが羊飼いの急ぐさまをよく表している。第29曲のデュエットは羊飼いの言葉がオーボエの伴奏で,第31曲アルトのアリアはマリアの心情がヴァイオリンの伴奏で,と器楽がステキなソロを担当する曲が並ぶ。第3部の終曲は冒頭合唱のダカーポ。これで生誕の物語が閉じられるあたり,非常にうまい作りだ。
リヒターの演奏は今となっては古いものといえ,演奏様式の違いやら,合唱団の性能やらが若干の違和感を感じさせるが,これはとても優れたものだ。やはり一家に一枚のアイテムだろう。
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